動向
近世・近代の埋蔵文化財保護に関する報告について
史跡奄美大島要塞跡 安脚場砲台衛所および探照灯跡(提供:瀬戸内町教育委員会)
はじめに
2019(平成31)年に品川駅改良工事に伴い発見された高輪築堤跡1)をはじめ、近年、開発事業に伴い近代の遺構が発見され、その取扱いをめぐって議論を呼ぶ事例が相次いでいる。それらの遺構は一部設計変更により保護され、史跡指定されたもの、設計変更により現地保存されたもの、記録保存調査を実施したものなど、様々である。
特に近代の遺構については、コンクリートやレンガなど、堅牢な素材で構成されていることが多いことから、遺構検出や精査に多くの時間と経費を要することなどもあり、こうした遺構が事業計画後に発見された場合、事業者と文化財保護部局の双方にとって大きな影響を及ぼすこととなる。
2021(令和3)年8月、高輪築堤の発見をきっかけに、文部科学大臣から文化審議会に対し、埋蔵文化財をめぐる様々な課題を踏まえた対応について審議要請がなされ、これを受けて、2022(令和4)年7月に文化審議会文化財分科会により『これからの埋蔵文化財保護の在り方について(第一次報告)』が取りまとめられた。同報告では、近世・近代の遺跡の保護に係る課題として、近世・近代の遺跡については、これまで国の通知においても必ずしも明確な価値判断の基準が設けられていないことから、その件数は地方公共団体間に著しい差があるとの課題が指摘された。文化庁では、この課題を踏まえ、2024(令和6)年8月16日に、『近世・近代の埋蔵文化財保護について(報告)』として、近世・近代の遺跡に関する価値判断の基準についての考え方を示した。本稿は、その概要について紹介を行うものである。
なお、同報告は、地方公共団体が近世・近代の埋蔵文化財保護を円滑に進めるための行政的な運用等についての考え方も示しているが、本稿では、近世・近代の埋蔵文化財保護の考え方に焦点を当てて紹介することとする。
これまで、文化庁では、近代化遺産総合調査事業や近代遺跡総合調査等を通じて、国と地方公共団体とで情報共有を行いつつ、近代に属する文化財の把握と重要な文化財の保護を図ってきたところである。一方で、これらの調査は、地上に建造物2)が存在するものが対象となっているため、遺構の全て又は大部分が埋蔵状態にある文化財については、国と地方公共団体との情報共有を通じた全国一律的な把握の対象から漏れていた。
近世・近代の埋蔵文化財について、文化庁では「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化等について」1998(平成10)年9月29日付け庁保記念第75号 文化庁次長から都道府県教育長宛て通知)(以下、「平成10年通知」という。)において、都道府県教育委員会が地域の特性を考慮した上で一定の基準を定め、市町村教育委員会と調整を行い、周知の埋蔵文化財包蔵地として扱う対象を決定する(以下、「周知化」という。)という基本的な考え方を示し、同通知に基づき地方公共団体の自治事務として、選択的な保護の運用がなされてきた。
しかし、文化庁が2023(令和5)年に都道府県に実施したアンケート等によると、現在都道府県が定めている基準は必ずしも十分とは言えない状況にあることから、今回の報告は、第一次報告書の指摘に基づき、国が明確かつ具体的な価値判断の基準を示し、都道府県が近世・近代遺跡の取扱いに関する新たな基準を定めることを推進しようとするものである。
近世・近代の文化財の保護と埋蔵文化財
選択基準の考え方を紹介する前に、近世・近代の埋蔵文化財について、基本的な考え方を整理しておく必要がある。第一次報告書では、近代の遺跡について、「そもそも、文化遺産としての重要性の認知度が未だ途上であることに加え、地上に建造物が残っている場合もあることや、近代化遺産調査や登録有形文化財(建造物)制度の浸透等もあって、建造物の観点からのみ価値判断がなされる傾向にある。」と指摘している。確かに、建造物を伴う文化財の場合、その価値評価は目の前に存在する建造物に着目しがちで、見えない地中の文化財にわざわざ目を向けるケースは少ないであろう。
では、こういった文化財を埋蔵文化財として扱うか否か、ということを考える際、どのような点を意識すればよいであろうか。
ここで、有形文化財(建造物)として指定して保護する際の考え方について確認しておきたい。例えば、重要文化財指定基準においては、(一)意匠的に優秀なもの、(二)技術的に優秀なもの。(三)歴史的価値の高いもの、(四)学術的価値の高いもの、(五)流派又は地方的特色において顕著なもの、のいずれかに該当し、かつ各時代又は類型の典型となるものとされている。歴史的価値、学術的価値を除いては、いずれも建造物そのものの物理的な価値を評価するものである。
次に、建造物を伴う文化財を記念物として指定して保護する場合の考え方について確認しておきたい。例えば、史跡名勝天然記念物指定基準のうち、建造物を伴う可能性のある文化財として、官公庁、学校、研究施設、文化施設、医療・福祉施設、生活関連施設などがあり、これらのうち我が国の歴史の正しい理解のために欠くことができず、かつ、学術上価値のあるもの、とされている。例示された建造物を伴う遺跡(場)のうち、歴史的価値、学術的価値のあるものを対象とするものである。
一方で、埋蔵文化財包蔵地は、法第92条にあるとおり、「土地に埋蔵される文化財」であることから、建造物を伴う文化財であっても、土地に埋蔵されている部分のみが価値評価の対象である。
これらのことから、周知の埋蔵文化財包蔵地として保護の対象とする場合には、遺跡や有形文化財としての価値とは別に、埋蔵文化財として保護する必要があるかという視点から判断を行う必要がある。すなわち、近世・近代の文化財のうち、埋蔵される部分が、地上の建造物の価値(意匠、技術、場の歴史性)から独立した価値を有するものを周知の埋蔵文化財包蔵地として扱う対象とする、という考え方である。
近世・近代の文化財の取扱いを考えるに当たっては、基本的な考え方として、まずはこの点について理解しておく必要がある。
第1図 文化財の保護体系
「埋蔵文化財包蔵地」として扱う対象と周知化
埋蔵文化財包蔵地にはその存在が把握できていないために周知化されていないものや、埋蔵文化財の存在が把握されているが、範囲や内容に関する情報が不足しているために周知化されていないものがある。それは、発見時に法第96条、97条により届出等をするという形で保護の対象とするという仕組みである。一方で、近世・近代の場合、周知化の対象を都道府県が選択するという運用がなされていることから、地中に埋蔵されていても、そもそも文化財として扱わない人間活動の痕跡も存在することとなる(第2図)。
第2図 近世・近代の埋蔵文化財の保護の考え方
このことから、都道府県基準では、埋蔵文化財包蔵地として扱う対象に関する基準と、その中から周知化の対象に関する基準の2段階の基準が求められる(第3図)。
第3図 埋蔵文化財包蔵地としての価値判断と都道府県基準との関係
第1段階の埋蔵文化財包蔵地として扱う対象に関する基準は、その地域の特性等を踏まえ、遺跡の種類や機能により対象とする遺跡を区分することが考えられる。このことにより、どのような遺跡を対象とするかが客観化できるとともに、その地域の特性を表す様々な近世・近代の遺跡を過不足なく網羅することが可能となる。
- 例えば、以下の考え方に基づき地域特性を考慮し、具体的な分野を示すことが考えられる。
- 【近世】
- ・現在の町や地域の成り立ちに係る遺跡
- ・地域における社会・経済の特性を考える上で重要な遺跡
- ・我が国の社会・経済・政治に係る遺跡又は歴史的事件に係る遺跡
- 【近代】
- ・我が国の近代化及び近代史を象徴する遺跡・地域の近代化及び近代史を象徴する遺跡・墓所、神社、寺院等、前時代から継承されてきた遺跡のうち、その来歴が我が国の歴史又は地域史において重要な意味を持つ遺跡
第2段階の周知化の対象とする遺跡の基準は、第1段階で埋蔵文化財包蔵地として扱うとした遺跡のうち、そのすべてを対象とするのか、一部を対象とするのかなど、一定の考え方を示す必要がある。また、周知化の範囲についても併せて考え方を示す必要がある。その際、その地域における遺跡の在り方、保存状態、規模、希少性・典型性、立地など、遺跡を取り巻く環境、重要性等を勘案する必要がある。
- 例えば、以下のような整理が考えられる。
- 【遺跡区分のうち全てを周知化するもの】
- ・地域の近世・近代史を象徴する遺跡であり、その全部を対象とすることにより地域社会及び経済活動等の復元や、地域固有の技術やその継承や発展を明らかにすることができる遺跡
- ・他地域における類例が乏しい地域特有の遺跡
- ・類例が乏しく希少な遺跡
- 【遺跡区分のうち一部を周知化するもの】
- ・同種の遺跡が複数ある遺跡
- ・現存する施設や史料等から機能時の遺跡の内容が相当程度、判明する遺跡
おわりに
近代の文化遺産には、国土開発や技術革新の進展、生活様式の変化等により、消滅や散逸の危機にさらされているものが数多く存在する。文化庁では、その保護のために指定や登録を推進するとともに、それぞれの文化遺産に適した保存と活用の新たな手法について、調査研究を進めているところである。
一方で、近世・近代の遺跡は、その価値づけや保護の考え方が十分定着していないこともあり、他類型の文化財と比べ、その保護が十分に進められてきたと言い難い状況にある。今後、本報告を参考に、各地方公共団体において基準を作成し、近世・近代の遺跡の特性に応じた保存・活用に向けた取組が進められることを期待したい。
公開日:2025年1月20日

