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歴史・民俗学

民具の文化財としての意義

広実 敏彦 / Toshihiko HIROZANE

地方文化研究所 顧問 

蓄音機 撮影:著者

背負子 撮影:著者

民具とは、普通の人々(柳田國男は常民と言っている)が生活にあたり、使ってきた道具のことである。各地方で歴史に名を残さない人々が、必死に生きている日々の暮らしに使っている道具から、文章に残っていない人々の暮らしや考え方・風習が見えてくる。その意味で民具は歴史の証人と言えるであろう。

 

日本の歴史上、普通の人々が使っている道具が大きく変化した時期が数回あったと私は思っている。まずは鉄が普及し始めた時期である。平安時代に鉄の鍬が普及することで土地の開拓が大きく進んだ。それにより、地方に豪族が現れ武士の世の中に変わっていった。それ以来大きな画期はなく昭和30年前後になると国産のトラクターが販売されはじめ、昔からの牛馬に代わり全国に普及した。実はそれは政府の政策の一つで、一般農民にトラクターを購入させる政策を行った結果である。

 

トラクター 撮影:著者

また、そのころ農協が『月賦(げっぷ)』と言われる今で言うローンを組んで、農協組合員であればだれでも買えるようになったこともこの普及に拍車をかけた。それにより、農業にかける農家の手間が大幅に減ることとなるが、その空いた時間を使い、今度は月賦を払うために工場などに働きに出ることになってしまった。時はまさに高度成長期である。仕事はいくらでもあった。自然の中で土と戦い、牛や馬を使って必死に行っていた農業がたった一年で大きく様変わりした。「日本中の牛を一年で食べてしまった。」と言われるほどの変化である。すべての生活と道具が変わってしまったに違いない。

 

次の大きな画期は1995年『Windows95』が世に出されてから、また使っている道具が大きく変化した。これは道具の根本的な考え方の変化で、いわゆるアナログからデジタルへの転換である。過去とのつながりが切れてしまうほどの変化である。このような大変化が訪れたことで、知らず知らずのうちに使わなくなった民具は数限りなくある。

 

例えば、

  • ①現在の10代の若者のほとんどは、レコードの存在を知らない。
  • ②50代の方でさえ、鍛冶屋さんが仕事をしているところは見たことがない。
  • ③家の中で牛を飼っていたことは、信じてもらえない。
  • ④藁ぶき屋根の家は、重要文化財になっている。

黒電話機 撮影:著者

鍛冶屋 撮影:著者

田下駄 撮影:著者

昔の道具は、これからもますます使わなくなってしまうであろう。しかし、この道具の流れを考えてみると大きな変化はここ70~80年間のことではないか。1995年または、昭和30年より前の道具を調べると、江戸時代・平安時代、さらに弥生時代の生活まで見えてくるということなのである。実際に、弥生時代の遺跡から、風呂グワや田下駄などが出土しているのは周知の事実であろう。特に江戸時代は、士農工商の身分制度を維持するために、進歩することを悪と認識していたのではないだろうか。なぜなら、変わらないことが正義だからである。

①昨日と同じことが今日もできること。(毎日ご飯を食べて過ごしたい)

②去年と同じことが今年もできる。(天災や事故・戦争などが起きない生活をしたい)

  • ③父親と同じことが息子もできる。(安定した仕事が常にある状態でありたい)

 

このように考えると、道具が進歩しなかった理由も説明できる。そして、民具研究の一番の利点は、昭和30年に子供時代を過ごしている方(世代)がまだ、健在でいるということである。その方の実体験の話をふまえて、考古学的に出土した遺物を研究すれば、弥生時代の生活の一部までが見えてくるということである。これは凄いことである。ただ昭和30年に10代であった方(世代)は、いまは70~80代と言うことになる。実際にお話を聞くことができるのもあと十数年ではなかろうか。時間の余裕はあまりない。

年代図 著者作図

収納風景 撮影:著者

こう考えると、あと20年もたてば、昭和の民具も聞き取り調査のできない遺物になってしまう。つまり、いま最優先でやらなければならない緊急の課題が民具調査であるということである。素晴らしいことに、日本全国のほとんどの教育委員会では、民具の収集は行っているのである。しかし、どこの自治体も、集めてはいるが、どうしていいのかわからず、廃校になった学校などに無造作に詰め込んで、ホコリまみれになっている例が見受けられる。ホコリだけなら良いのだか、白アリなどの虫が発生したらどうしようと、ひやひやしているのが現状ではなかろうか。地方自治体には民俗(民具)の専門家は、非常に少ないため専属の学芸員に押し付けて、ほとんど進んでいないというのが現状であろうし、物理的に担当学芸員が自力で整理するのは、時間的に不可能であろう。ではどうすればよいのかと言われれば、素晴らしい解決策を提示することはできない。しかし、各自治体で、まず最優先にやるべき課題だけは言える。

 

「倉庫を片づけて、検索可能な写真付きデータベースを作ることである。」

それを行うことで、

  • ①整理整頓することで、行政・大学・個人・民間の民俗学者の研究を一気に進めることができる。
  • ②保存環境を整えることで、現物を後世に長く伝えることができる。
  • ③教育や福祉に対して、民具を活用することができ、啓蒙活動の活性化に貢献できる。
  • ④災害時に、データを複数場所に保管することで、記録保存は確実にでき、復旧整備に大変役に立つ。

 

実際は地道な聞き取り調査を進めなければならないのだか、それ以前にやらなければならないことが当たり前の整理整頓なのである。私ども地方文化研究所も、ネット上で『文化財Wiki』(http://www.himorogiwiki.net/wiki/)を制作している。民具一品一品の写真と説明書き、それに「よもやま話」として、聞き取り調査をした内容を記載している。各自治体の学芸員さんが、地道に行っている民具整理のお役に立てるのではないか、一般のご老人たちが昔を懐かしんで楽しめるのではないか、後世に少しでも記録を残すことができるのではないかと思っている。もちろん、非営利任意団体として行っているので、無料である分、製作のスピードは極めて遅いのが残念である。自分たちのできることを、できる範囲で行うことしかできないが、民具について、少しでも多くの人が興味を持ってもらえるように努力することが、私たちの使命なのかもしれない。

柱時計 撮影:著者

あじろ 撮影:著者

炬燵 撮影:著者

公開日:2016年10月3日