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歴史・民俗学

竹筒を用いた伝統的な調理の民族誌‐カオラム・ノンモンの炊飯‐

徳澤 啓一 / Kei-ichi TOKUSAWA

岡山理科大学 経営学部経営学科
教育推進機構 学芸員教育センター 教授

炊き上がった「カオラム」

東南アジア諸国は、米食文化圏の中でも米の消費量が最も多い地域である。また、麺に代表されるとおり、米加工品のバリエーションも豊かである。

このうち、米菓は、和菓子のように、それぞれの地域で特有のものがあり、タイでは、OTOP(1村1品)の産品に指定されているものが多い。カオラム(Khao Lam)もそのひとつであり、地域毎にさまざまな名称やレシピがある。

カオラム(Khao Lam)

カオラムは、東南アジアの伝統的な食事ないしは餅菓子である。主な材料は、もち米であり、黒豆、ココナツなどを具材として、砂糖、塩などで味付けし、ココナツミルクで炊き上げる。見た目のとおり、土器や金属製の鍋釜を用いず、竹筒を火にかけて調理するところに特徴がある。カオ(Khao)は米、ラム(Lam)は竹筒を意味するとおりである。

 

カオラムの調理は、まず、磨ぎ汁が澄むまでもち米を磨ぎ、水切りしてから、黒豆などの具材と混ぜ合わせる。次に、砂糖や塩などをココナツミルクに加えて炊き汁を調整する。そして、竹筒にもち米と具材を入れ、ココナツミルクの炊き汁を加えて、カオラムを炊く。

 

カオラムの材料やレシピは、地域や家庭、そして、時代の変化によって、さまざまなバリエーションが生み出されてきた。とくに、近年では、若い世代や外国人観光客などの味覚にあわせて、具材や味付けなどにさまざまな創意工夫が凝らされるようになった。

カオラム・ノンモン(Khao Lam Nong Mon)

タイでは、それぞれの村や家庭において、カオラム作りが行われてきた。しかしながら、家内制の伝統的な手工業と同じように、農業従事者の比率が低下し、世帯内における賃金労働に従事する者の比率が増えるにつれて、カオラムなどの農産物の加工品なども家庭内で作れらなくなってきた。

 

しかしながら、チョンブリー県(Changwat Chonburi)チョンブリー郡(Amphoe Muang Chonburi)センスック準郡(Tambon Saen Suk)ノンモン村(Baan Nong Mon)は、バンコクから車で2時間程度のところにあり、カオラムがOTOP産品であり、カオラム・ノンモンと称されている。

 

国道3号線の西側にあるノンモン市場を中心とする一帯では、カオラム作りが盛んに行われており、数えきれないくらいのカオラムの販売店が軒を連ねている。ノンモン市場のすぐ近くには、バンコクから最も近いビーチの一つであるバンセーン(Bang Saen)海岸があり、海水浴に訪れる大勢の観光客がカオラムを買い求める。

カイ(Khai)おばさんのカオラム作り

写真1 カイおばさんのカオラムの露店

2019年4月、筆者は、センサック通りソイ2に所在するカイ・コンサック(Khai Kongsak)さんの露店を訪ねた(写真1)。カイさんの露店は、自宅前の通りに面して営まれており、自宅の1階でカオラム作りが行われていた。カイさんは、母から受け継いだカオラム作りを60年以上続けており、タイ王室に献上したり、バンコク最高級のドゥシットタニ・ホテルで取り扱われたり、ノンモンを代表する老舗の生産者の1人である。そのため、自らのカオラム作りに誇りをもち、昔ながらのレシピや作り方をかたくなに守り、伝統の味や品質をそのままに守っている。また、多くのテレビ、雑誌、そして、SNS等で取り上げられているとおり、早朝から正午まで空けている露店には、カイさんのカオラムを買い求めるため、ひっきりなしに車やモーターサイが横付けされ、客足が途切れることがなかった。

カイさんのカオラムは、4種類であり、白米と赤米のもち米、黒豆とタロイモの具材の組み合わせしかない(写真2)。当然のことながら、レシピの詳細を教えてもらうことができなかったが、深夜3時から早朝にわたるカオラム作りを実見させてもらうことができた。

写真2 炊き上がったカオラム

カオラム炊き

写真3 カオラム炊きの灰敷き

カオラムを炊くための竹筒は、青竹を用いる。節を真ん中に残しながら、上下の節間の中央を切断したものである。また、節間を切断する際、竹の繊維によって、節間が縦方向に割ける切り損じが一定数生じる。割けた節間を節目で切り捨てることで、節目を底とする半身の竹筒を利用することになる。正午以降の店じまいののち、あらかじめ、上の節間の半分程度までもち米と具材を詰めて、ココナツミルクの炊き汁を調製し、カオラム炊きの仕込みをしておく。

 

午前3時、カイさんの母と娘の女性3人とカイさんの夫、娘の夫の男性2人によって、カオラム炊きのための野焼きが準備される。野焼きは、自宅の裏庭にある掛屋の下において、長さ12~12.5m、幅2~2.5mの長方形の焼成配置が形成される。この範囲には、竹筒を立てることができる程度の厚さの灰が敷かれており、この灰敷きの中にもち米と具材を詰めた竹筒を立てていく(写真3,4)。下の節間を灰敷きに差し入れ、下の節間の1/2~2/3が灰の中に埋まることになる(写真5)。また、半身の短い竹筒を利用するため、鋼鉄製のレール(かつては耐火煉瓦を並べたもの)を敷いて、平底状の節目を載せることができるようになっている。

写真5 灰敷きに立てた竹筒

写真6 カオラム炊きの配置①

写真7 カオラム炊きの配置②

写真6,7のとおり、2列の竹筒を配列し、列間及び側縁には、主な燃料であるヤシの実の殻を重ねて、竹筒と並行するように配置していく。竹筒の列とヤシの実の殻の間には、30㎝程度の間隔が空けられる。

 

竹筒の配列を見ると、当然のことながら、部位や生長の程度によって、竹筒の太さが異なり、列の中央に細い竹筒、風下側及び風上側の列の両端に太い竹筒を配列しており、これは、点火後の火回りを念頭に置いて、焼成配置上の火どおり、火むらを想定した竹筒の配置になっているといえる。

 

竹筒と燃料の配置を終えると、薬缶を用いて、上の節間にココナツミルクを注ぎながら、燃焼に伴う灰などの混入を防ぐため、上の節間の開口部に木の板を載せる程度の蓋をする(写真8)。

写真8 ココナッツミルクを注ぎ蓋をする

写真9 カオラム炊きの点火

このようにして、1列あたり長い竹筒125本、レール上の切り損じの短い竹筒50本、これが2列配列されることから、1日あたり350本程度のカオラムが作られることになる。

 

午前4時30分、カオラム炊きが開始される。近年、オイルやガスを用いる世帯があるものの、カイさんの世帯では、ヤシの実の殻、薪(建築廃材等)、竹(竹筒に用いることができなくなった古い黄色い竹)だけを用いる。まず、3列のヤシの実の殻に50㎝程度の間隔で点火していく(写真9)。

ヤシの実の殻が大きく燃え上がった後、炎が小さくなってから、薪や竹をヤシの実の殻の列に沿って並べていく(写真10,11)。ヤシの実の殻が主熱源であるものの、脂を多く含むことから、熱カロリーが高く、燃焼速度が速いため、すぐに熾き火に移行してしまう。そのため、ヤシの実を連続的に添加していく必要があり、薪は、ヤシの実の殻を添加する際の付け火の炎を繋いでくれることになる。

写真10 カオラム炊きの様子①

写真11 カオラム炊きの様子②

また、太い竹筒が配置されている列の両端は、中央に比べると、炎や煙を避けながらの作業がしやすい。列の両端は、叉状の竿を用いて、頻繁にヤシの実の殻を添加して、炎を盛り上げる。なお、炎が盛り上がりすぎると、ペットボトルの水鉄砲で加水し、燃焼を抑制する。一方、細い竹筒が配置された列の中央は、焼成の後半まであまり手を加えない。列の両端の太い竹筒がひと段落すると、同じように、列の中央の細い竹筒の作業に移行することになる。

 

午前6時30分、炊き上がり程度を見ながら、ペットボトルの水鉄砲で炎を落としながら、竹筒の取り上げが開始される。やはり取り上げの順序を意識して、列の両端から炊き上がるように、太い竹筒の火回りを調整していたようである。そのため、列の中央の細い竹筒が最後に取り上げられることになる。カイさんの母と同じ世代の女性が加勢に入り、取り上げた竹筒のスス・コゲを水洗いする(写真12)。

写真12 竹筒の水洗いとコゲ削ぎ

竹筒に残されたスス・コゲの産状

竹筒の外面を見ると、両側縁からヤシの実の殻が焚かれているとおり、竹筒の両側面に斑状のスス、すなわち、側面加熱痕が残されていた。

 

焼成の前半では、炎が大きく、竹筒の上の方にススが付着していたものの、後半になると、炎が小さくなり、熾き火の影響が強く残されることになった。節目のやや下位、すなわち、灰敷きの直上あたりに強めの斑状の黒斑が残された竹筒が多く見られた。

 

また、吹きこぼれに伴うコゲも同様であり、両側面を垂下する筋状のコゲが見られた。ただし、竹筒の半数程度しか吹きこぼれ痕が見られないとおり、大きく吹き上がらないように、炎を調整していたと考えられる(写真13)。

写真13 竹筒のコゲなどの産状

しかしながら、筋状のコゲは、取り上げ後の竹筒の洗浄に伴って、包丁で削ぎ取られ、竹筒の外表面には、代わりに筋状の切削痕が残される。また、上の節間の開口部上端にも吹きこぼれと連続するコゲが残されていることがある(写真14)。

写真14 垂下する吹きこぼれ痕

写真15 内面のコゲ

内面を見ると、切断面のやや下位において、赤褐色の喫水線が残されている(時が間がたつと黒褐色を呈するようになる)。これは、もともとココナツミルクの炊き汁が注がれた高さであり、もち米や具材がココナツミルクを吸うことで、水位が低下し、炊飯に伴って、内面の炊き汁が帯状にコゲたものである。帯状のコゲが欠けたり、褶曲しているものは、取り出しの際、竹筒が傾いて、沸騰しているココナツミルクの炊き汁が帯状のコゲの一部をかき消したことで生じたものである(写真15)。

竹筒を取り上げ、蓋を外すと、内部の炊き汁が沸騰しており、取り上げ後、しばらくすると、沸騰が収まり、ココナツミルクの炊き汁が低下し、上位の線と同じように、糯米や黒豆の炊き汁が余熱で薄くコゲ付き、さらに液面の低下とともに、白みがかった糯米のオネバが炊飯面までの内面を垂下することになる。これらの炊き汁の帯状のコゲやオネバは、竹筒を水洗いすることできれいになくなってしまう。

 

焼成に伴う竹筒そのものの変化としては、灰敷きの中に埋もれていた部分を除いて、もともとの青竹が黄色がかった色調となる。また、熱収縮に伴って、竹の繊維の方向にひび割れを起こしたものが見られる。見かけ上、竹筒に顕著なひび割れを確認できないものもあるが、食べやすいように販売時に金槌一撃で竹筒を半裁できるとおり、2回目の焼成では、確実に割れてしまうことになり、竹筒の使い回しができないことは明らかである。

こうした竹筒を用いた伝統的な調理に関する民族誌を見ると、土器が出現する以前の煮炊きのイメージが膨らんでくる。耐久性を別にすれば、土器などの鍋釜と同じように、竹筒を火にかけることで、さまざまな調理が可能であったということである。

 

カオラム作りは、さまざまな考古学的な示唆を与えてくれるものの、近年、加熱殺菌された加工食やチルド化された保存食などが流通することによって、カオラムに限らず、多くの伝統的な調理に関する民族誌が低調になりつつある。コストや衛生面を考えると、工業化された加工食品の優位性は疑う余地がない。また、食のグローバル化によって、それぞれの土地で育まれてきた昔ながらの味わいやそこに暮らす人々に受け継がれてきた味覚も失われつつある。

公開日:2019年6月18日