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動向

特別史跡 一乗谷朝倉氏遺跡を中核とする地域文化観光の推進

嶋﨑 晃伸・藤野 一郎 / Akinobu Shimazaki・Ichiro Fujino

一乗谷朝倉氏遺跡活用推進協議会 事務局/福井県 交流文化部 文化・スポーツ局 文化課

一乗谷朝倉氏遺跡の航空写真 提供:福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館

はじめに

一乗谷朝倉氏遺跡(以下、「本遺跡」という)は、戦国期の城下町全体の遺構が良好な状態で残る全国でも類例のない特別史跡です。現在、福井県では、来訪者に本遺跡の全体像や歴史的価値を楽しみながら学んでいただけるよう、新たな博物館「一乗谷朝倉氏遺跡博物館(仮称)」(以下、「新博物館」という)の整備を進めており、2022年10月に開館する予定です。

 

こうした状況の中、2020年8月、「特別史跡一乗谷朝倉氏遺跡を中核とする地域文化観光推進地域計画」(以下、「地域計画」という)が文化観光推進法に基づく認定を受けました。

 

本稿では、地域計画の作成主体である一乗谷朝倉氏遺跡活用推進協議会の事務局担当者としての立場から、地域計画の概要について、本遺跡の特徴やこれまでの取り組みと併せて紹介します。本文中、意見に係る部分は、筆者の私見としてご理解いただければ幸いです。

一乗谷朝倉氏遺跡の価値・魅力

一乗谷は、越前国を支配した戦国大名・朝倉氏が築いた室町時代の城下町で、福井市街の東南約10kmの山間に位置しています。戦国動乱の中で約100年にわたり栄えたのち、織田信長の軍勢によって灰燼に帰しました。

 

本遺跡は、その後約400年の永い眠りを経て、1967年から始まった発掘調査により当時の姿が明らかになったものです。全国で唯一、戦国期の城下町跡がそのまま残る、他に類例のない日本最大の中世都市遺跡として、1971年に278haという広大な範囲が国の特別史跡に指定されました。

 

また、1991年には遺跡内の主要な4庭園が特別名勝に、2007年には約170万点の出土遺物の中から2,343点が重要文化財に指定されており、国内外に誇る“三重指定”の歴史文化資源です。

 

1972年に策定された「朝倉氏史跡公園基本構想」のもと、福井県が発掘調査・整備を、福井市が管理をそれぞれ担い、半世紀以上にわたって本遺跡の保存・活用事業が進められてきました。

 

現在、既整備地の面積は約17haに及び、多くの礎石や石組溝、石垣、庭石などの遺構は、本物をそのまま露出展示しています。屋外においてこれほどの広範囲にわたり本物の遺構を露出展示する整備手法は、全国唯一と言ってもよいでしょう。特別名勝に指定された朝倉館跡庭園、諏訪館跡庭園、湯殿跡庭園、南陽寺跡庭園の4庭園(写真1〜4)は、室町時代末期の多様な庭園様式を今に伝え、四季折々のさまざまな表情を見せてくれます。

写真1 朝倉館跡庭園
提供:福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館

写真2 湯殿跡庭園
提供:福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館

写真3 諏訪館跡庭園
提供:福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館

写真4 南陽寺跡庭園
提供:福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館

また、発掘調査により、燃え残った柱や畳の断片、戸の引き手なども出土しており、当時の町並について、計画的な町割りだけでなく、建物の規模や間取り、井戸やトイレの位置に至るまで、細部にわたる様相が判明しました。一部エリアでは当時の建物等を忠実に立体復原するなど、戦国期の城下町の姿が蘇りつつあります(写真5)。

写真5 復原町並 提供:福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館/我が国で初めて戦国時代の城下町の具体例が明らかにされた。一乗谷を縦横に走る道路に沿って、武家屋敷や町屋などが所狭しと並んでいる様子は壮観。道は、防御のための矩折(かねおれ)、T字路、行止りなどの工夫がみられる。 

さらに、多種多様な当時の生活用具、例えば食膳、貯蔵、暖房・灯りなどの日常用具、茶の湯や香などの伝統文化の道具、将棋の駒や羽子板などの遊び道具といったものも多数出土しており、戦国期の暮らしや文化活動の様子が具体的に判明しています。

 

そのほかにも、ここが1万人以上が暮らす日本有数の大文化都市であったこと、谷幅が最も狭まる2カ所に設けた上城戸・下城戸により敵の侵入を防ぎ、城下町全体を強固に防御していたこと、有事に備えた詰城として築かれた要害堅固な山城など、これまでの調査研究により、一乗谷にしかない歴史的価値が次々と明らかになっています。

 

こうした多様な魅力を持つ本遺跡は、近年、全国の歴史ファンから過去にないほどの注目を集めています。2019年度には、NHKの人気番組「ブラタモリ」で紹介され、同年5月には本遺跡を含む「400年の歴史の扉を開ける旅~石から読み解く中世・近世のまちづくり 越前・福井~」のストーリーが日本遺産に認定されました。2020年には、大河ドラマ「麒麟がくる」において、若き明智光秀が身を寄せた場所として一乗谷が舞台となっています。本遺跡の出土遺物などを展示・紹介する県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館(以下、「資料館」という)の入館者数は、2018年度まで年間約6万人で推移していましたが、2019年度は開館以来最多の約8万8千人の入館を記録しました(写真6、写真7)。

写真6 福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館 外観
提供:福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館

写真7 福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館 内観
提供:福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館

戦国時代の城下町の全貌、その実像がわかるまさに唯一の遺跡と言ってよく、こうした歴史的価値は、今後の調査研究の進展、さらなる新事実の解明などによってより一層高まっていくでしょう。

新博物館の概要

現在、県で整備を進めている新博物館は、「展示・ガイダンス棟」(新設)(写真8)と「調査・研究、収蔵棟」(現資料館建物を改修して活用)との2棟からなります。開館後は本遺跡のゲートウェイ施設と位置付け、その価値や魅力を強力に発信し、国内外からのさらなる誘客につなげていきます。

写真8 一乗谷朝倉氏遺跡博物館(仮称)「展示・ガイダンス棟」イメージ図

「展示・ガイダンス棟」は、本遺跡の全体像や歴史的価値についてより深く学び楽しめ、憩いや交流の場となる施設として、展示室やカフェレストラン、ミュージアムショップなど、見学者向けの機能を中心に整備します。

 

拡大する展示スペースを活かし、「城下町一乗谷と人々の暮らし」、「戦国大名朝倉氏の歴史」、「華麗なる朝倉文化」といった大テーマのもと、出土遺物をさらにストーリー化してわかりやすく展示するとともに、遺跡のガイダンス映像などをCG再現やARを活用して新たに制作し、当時の様子をリアルに体感できる展示を行います。

 

また、2017年の建設予定地発掘調査で発見された石敷遺構の現物をそのまま露出展示する「石敷遺構展示」(写真9)、遺跡現地の平面復原地区を発掘調査結果に基づき立体化し、町並や当時の人々の動き・表情を1/30スケールで細かく表現する「巨大ジオラマ」、全国で唯一、戦国大名の居館の一部を館内に原寸再現し、朝倉義景と同じ視点で当時の行事等を体験できる「朝倉館原寸再現」などの目玉展示を新たに行います。

写真9 2017年の調査で見つかった石敷遺構(新博物館で露出展示予定)
船着き場や荷揚場の機能を果たす川湊を持った流通拠点「一乗の入江」の一角とみられる石敷遺構。

「調査・研究 、収蔵棟」は、中世都市遺跡研究の拠点として活発に学術交流できる体制を備え、資料の高度管理・保存が可能な収蔵施設として整備します。

 

今後、福井県は、中部縦貫自動車道(大野油坂道路)の開通(2022年)、北陸新幹線の福井・敦賀開業(2024年春)など、特に首都圏や中部圏から「福井に行ってみたい」と思う人を呼び込むチャンスが次々と到来します。新博物館はこうした好機を活かすべく整備を進めており、開館後は、貴重な歴史資料を公開する特別展の開催や集客力あるイベント実施などにより、年間約20万人の来館を目指しています。

地域計画作成に至る経緯

地域計画の作成主体である一乗谷朝倉氏遺跡活用推進協議会(以下、「協議会」という)は、公益社団法人福井県観光連盟をはじめとする観光団体、地元団体、福井県、福井市で構成し、2004年3月に設立したもので、設立以降、遺跡内のアクセス向上、戦国期体感イベントの実施など、さまざまな事業を行ってきました。

 

しかしながら、本遺跡の観光客受入については、課題もあります。福井市が2019年7月に実施した「首都圏における観光消費マーケティング調査」(関東地方1都6県居住の20〜69歳の生活者に対するインターネット調査)によると、本遺跡の認知状況は7.8%にとどまる(東尋坊46.5%、永平寺28.2%)ほか、来訪者の約半数を60〜70代が占めており、今後は来訪者層を40〜50代、さらに若い層や子どもたちにも拡大する必要があります。福井旅行全体としても、飲食店や宿泊施設、交通の便などの環境整備、体験志向やシーン志向の若年層への対応などが課題に挙げられています。

 

こうした課題をいかに解決していくか、具体的検討が必要となる中、2020年4月に新法「文化観光推進法」が成立、同年5月に施行しました。内容の詳細については本稿では割愛しますが、自治体や観光団体等で組織する協議会が、博物館等(史跡を含む)の文化施設を中核に、地域における文化観光を推進する計画を作成して主務大臣の認定を受ければ、優先的に国の支援を受けられるという内容です。

 

新博物館の整備や本遺跡の観光活用に携わる担当者の所感としては、この上ないタイミングでの新法成立でした。資料館(新博物館)と本遺跡において多くの観光客をお迎えし、これらを中核とする回遊観光が楽しめる環境を整えていくことは、北陸新幹線開業などに向けて、今まさに取り組むべき事項です。計画の作成主体となる協議会が従来から存在したこともあり、同法に基づく支援制度は「本遺跡でこそ活用すべき」という考えのもと、法成立直後から、協議会で地域計画の内容検討をスタートしました。

地域計画の概要

2020年8月に文化観光推進法に基づく認定を受けた地域計画は、資料館(新博物館)と本遺跡を中核に周辺地域の回遊観光を促進することを目的とし、本遺跡の国内外からの受入環境を整備して来訪者層を拡大していく内容としており、2020~2024年度に以下の四つの取り組みを強化することを盛り込みました。

 

今後、具体的な事業内容についてさらに議論を重ねながら、各取り組みを進めていきます。

①発信の強化、理解の促進

 

旅行会社、旅行雑誌、ライター等に本遺跡の魅力を体感してもらうことで新たな旅行商品造成につなげるとともに、情報収集も行い、観光誘客の取り組みに反映させます。また、福井への来訪が最も多い台湾をはじめ、日本の武士文化についてより興味を抱く傾向のある欧米などへの売込みにもさらに力を入れていきます。

 

②受入環境の整備

 

歴史知識のない方にも観光を楽しんでもらえるよう、本遺跡の魅力をよりリアルに、より楽しく体感できるAR(拡張現実)・VR(仮想現実)を活用したデジタル案内ツールの開発、現地情報をリアルタイムで入手できるポータルサイトの構築、遺跡内の無料Wi-Fi整備などを進め、見学環境を向上させます。案内ツールやポータルサイトは英語・中国語等多言語に対応したものとし、インバウンド観光の促進も図ります。

また、見学の利便性増進を図るために、資料館(新博物館)から遺跡までの移動経路途中でのトイレ休憩を可能にしたり、遺跡内の復原町並、飲食施設、土産物店などにおけるキャッシュレス決済対応を推進します。

 

③交通機関の魅力向上・アクセス改善

 

北陸新幹線福井・敦賀開業により、自動車ではなく公共交通機関を利用する観光客が増加することが見込まれます。その効果を最大限活用するため、JR福井駅と本遺跡を結ぶ交通機関や、資料館(新博物館)と本遺跡とを回遊する交通機関の魅力向上を図ります。

具体的には、周遊バスをリニューアルし、乗ること自体が来訪の目的・思い出となるような車両デザインや、資料館(新博物館)と遺跡の双方を解説する案内ガイドの同乗などを実施します。JR福井駅からのバスの増便運行や、共通乗車券の開発なども検討し、交通網の拡充を図ります。

 

④滞在時間の延長と地域経済の活性化

 

本遺跡において戦国城下町の暮らしを体感してもらえるよう、時代衣装や出土物再現品を活用し、衣装着付体験、染物などの職人体験、将棋・羽子板などの遊び体験、灯り・調理道具などの生活体験といった多彩な体験メニューを提供します。

また、資料館(新博物館)、本遺跡、周辺飲食施設、宿泊施設等をセットで楽しめる割引クーポンを発行し、より充実した滞在時間の提供を図ります。

図1 「特別史跡一乗谷朝倉氏遺跡を中核とする地域文化観光推進地域計画」イメージ図

おわりに

本稿では、本遺跡の観光活用に関することを主題としましたが、地域計画に基づく事業の推進は、遺跡の確実な保存継承の取り組みを前提に成り立つものです。本遺跡は整備開始から半世紀以上が経過し、近年は既整備地における遺構の経年劣化対応が課題となっています。福井県は、2019年12月に(独)国立文化財機構奈良文化財研究所との間で連携協定を締結しており、双方の研究者が一丸となって、遺跡の保存技術確立に向けた研究を行っています。

 

こうした連携研究は一例に過ぎず、本遺跡は、行政職員はもとより、外部研究者、指導助言をいただく文化庁や有識者、日常管理やイベント開催を担う地元団体、景観維持などに協力する地域住民、案内ボランティア、観光団体など、数多くの機関や関係者が相互連携しながら携わり、それぞれの立場で本遺跡の保存・活用に力を尽くしています。複雑な側面もありますが、このことは本遺跡の強みでもあり、今後も関係者間での連携・協力が欠かせません。

 

本稿で紹介した地域計画は、協議会を構成する福井県、福井市の担当者などでアイデアを出し合い、何度も議論し、多くの事業を盛り込んで作成したものです。その計画が、文化観光推進法施行後初の認定計画の一つとなったことは大変喜ばしいことです。これを弾みとして、引き続き関係者間で密接に連携しながら、来訪者の利便性・満足度向上を図り、一乗谷の多様な魅力を体感いただけるよう、一層尽力していきたいと考えています。

嶋﨑 晃伸・藤野 一郎しまざき あきのぶ・ふじの いちろう一乗谷朝倉氏遺跡活用推進協議会 事務局/福井県 交流文化部 文化・スポーツ局 文化課

嶋﨑 晃伸
一乗谷朝倉氏遺跡活用推進協議会 事務局/福井県交流文化部文化・スポーツ局文化課主任
1979年福井県福井市生まれ。2001年広島大学法学部卒業。2002年福井県職員(行政職)採用。2018年から現職。

藤野 一郎
一乗谷朝倉氏遺跡活用推進協議会 事務局/福井県交流文化部文化・スポーツ局文化課企画主査
1984年福井県あわら市生まれ。2007年金沢大学法学部卒業。同年福井県職員(行政職)採用。2020年から現職。