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考古学

アコリスのミイラ

辻村 純代 / SUMIYO TSUJIMURA

公益財団法人古代学協会 客員研究員
国士舘大学イラク古代文化研究所 共同研究員

アコリスで発掘された幅広い年齢層のミイラ

周知のようにエジプトからは大量のミイラが出土しているものの、研究の対象となるのは上位階層か、あるいは欧米の博物館に収蔵されているものがほとんどである。後者のミイラの多くは購入品やコレクターからの寄贈品であるため、出土地すら不明なものが少なくない。さらにミイラにとって不幸だったのは、11世紀頃からミイラ製作に使われる樹脂が治療薬、医薬品として中東やヨーロッパで人気を博したことで、そのために大量のミイラが破壊された。

写真1 古王国時代の竪坑墓が列をなす西区 提供:アコリス調査団(以下同)

幸い、アコリスでは古王国時代のマスタバ墓を中心にした竪坑墓群を第3中間期に再利用した西区(写真1)でも、集落が放棄されたのちに墓地化した南区でも大規模な盗掘や破壊はなく、二つの墓域を合わせると100体近い第3中間期の埋葬人骨やミイラが発見されている。西区では成人埋葬が基本であるのに対して、南区の被葬者は新生児から成人までの幅広い年齢層に及んでいるという違いがある。注目されるのは未成人の埋葬に用いられる埋葬方法の多様さで、かめ棺、箱形木棺、小型人形棺、“コッファ”と呼ばれる植物の茎を割いて作った小型の箱、イグサ類の茎を割いて編んだバスケットやマットで包んだもの、ナツメヤシの中肋ちゅうろく(葉の中心の太い葉脈)やタマリスクの枝で巻いたものなどがある(写真2、写真3、写真4)。胎児から新生児にかけての埋葬に甕棺が用いられることはエジプトだけでなく広く古代世界に知られているが、アコリスの未成人埋葬に見られるこのような多様性はエジプト国内でも珍しいのではあるまいか。甕棺以外は埋葬方法の違いが被葬者の年齢や性別に対応していないので、家族の経済力の違いを反映しているのかもしれない。

写真2 葦の茎から作られた小型の棺

写真3 マットに包まれた未成人の遺体

写真4 ナツメヤシの軸で巻かれた未成人の遺体

乾燥した環境のせいか、なかには木棺の破損によって巻かれていた布のほとんどを失ってしまっていても、干からびた皮膚を晒して、頭の後ろに団子状にまとめた黒髪までも残していた女性ミイラがある。まとめた髪にウェーブがかかっているのは、おそらく三つ編みにしてから団子状にまとめたからであろう。この遺体の左脇腹には傷がなかったので、少なくともヘロドトスが記している3種のミイラ製作法のうち、最も高価とされる切開した左脇腹からの内臓摘出の方法はとられていない。彼の分類に従えば、肛門から杉油を注入して腸などの内臓を溶かして体外に排出させる中級ミイラか、下剤を用いて腸内洗浄を行うだけの最も低廉なミイラのいずれかということになる。

X線技術が解き明かすミイラの生前の姿

南斜面に埋葬された被葬者は平地で見つかったミイラと比べてことのほか保存状態が良好で、幾重にも布で巻かれたままの遺体が少なくない。こうした遺体を非破壊で観察できるX線の技術を用いる試みは、W.C.レントゲンが1895年にX線を発見したわずか3年後に早くもイギリスの考古学者F.ピートリーによって行われた。その後、1970年代後半からは欧米各国の博物館で多くのミイラがX線撮影されるようになり、1998年にはウィーンにある歴史文化博物館収蔵のエジプトミイラ48体に対してCTスキャニングによる調査が行われ、それ以後は、この方法が主流となった。

 

アコリスでは2016年の調査で発見した人形木棺内のミイラを翌年、考古庁の許可を得てミニヤ市内にある癌センターに持ち込み、X線とCTスキャニング撮影を実施した(写真5)。その結果、被葬者は30歳前後、身長145cmの小柄な成人女性であった。心臓、肺臓、肝臓が体内に残存し、下顎左右の小臼歯と大臼歯のほとんどを失うという酷い歯周病に罹っていたことがわかった。歯周病はアテローム性動脈硬化症を引き起こす感染症の一つで、下行大動脈の血管壁に軽度の石灰化が認められたが、死因とするほどではなかった。左手首にはスカラベ(護符の一種)もしっかり映っていた(写真6)。髪は上述した女性ミイラと同じく後頭部に団子状にまとめており、当時の成人女性の一般的な髪型かと思われる。

 

特異なのは人形木棺に納められた13歳前後の女性で、刈り上げたような短髪である上に金髪にも見えるほどの色である。染めていないならアルビノの可能性があり、そのために短髪にしてかつらを被っていたのかもしれない。もう1例、異様な風貌をもつ遺体がある。髪は黒いが巻き毛で、鼻の下には口髭と豊かな顎鬚を蓄えている(写真7)。エジプトの庶民階層に属する男たちは短髪で髭を剃っているように描かれるのに対して、遊牧民やカナン人たちはボサボサの髪に口髭や顎鬚を伸ばし放題の顔で描かれている。だとすれば彼はアコリスへの婚入者であった可能性がある。歯や骨に含まれるストロンチウム同位体比から個人の移動を推定する方法もあるので、将来的には是非、試してみたいものである。

写真5 女性ミイラのCT画像。下顎の歯が大きく失われている。

写真6 女性ミイラのCT画像。手首にスカラベが見える。

写真7 髭を蓄えた男性のミイラ

辻村 純代つじむら すみよ公益財団法人古代学協会 客員研究員
国士舘大学イラク古代文化研究所 共同研究員

広島大学大学院博士課程前期修了後、京都大学理学部自然人類学教室で形質人類学を学ぶ。イタリア・ポンペイ遺跡では轍による市内交通の研究、レバノン・ティール遺跡では地下墓の発掘、サウジアラビアの遺跡踏査に従事。エジプト・アコリス遺跡調査には1983年より参加し、現在は出土ミイラの調査を担当している。

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