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インタビュー・人物

ハレトキドキ3 発掘現場の表彰状

土岐 耕司 / Koji Toki

国際文化財株式会社 埋蔵文化財調査士

撮影筆者(以下特記のないものは筆者作成)

青森生まれの青森育ちの埋蔵文化財調査士、土岐耕司さんが発掘現場のトキメク話をお届けするシリーズ。
発掘調査の成果は考古学の研究や埋蔵文化財の記録保存として「発掘調査報告書」にまとめられます。限られた期間で十分な成果を得るには、作業員さんの活躍が大きな支えになります。シリーズ3では、さまざまな厳しい環境の中、ともに現場を支えてくれた作業員さん達と手にした、「報告書」には書かれることのないタカラモノのお話しをいただきました。 

 

 

発掘作業員という仕事は、けっこう過酷です。時には酷暑や吹雪にさらされたり、グチャグチャの泥のなかで掘ったり、ゴロゴロの石ばかり運んだり…。それでいて給料が高いかと言われると、決してそうではないでしょう。

それなのに、どこの地域でもベテランの作業員さんが少なからずいて、私たち発掘調査員にとって欠かせない存在となっています。そんな彼らがこの仕事を続けるのは、「自分の手で貴重な何か見つけた時の喜び」を知ってしまったということが、大きいのかもしれません。

沈黙の現場

今から約10年前、鹿児島の発掘現場でのこと。作業員さんは50人以上と、わりと大きな現場だったのですが、「遺物(土器とか石器とか)」がほとんど見つからない日々が続いていました。

何にも見つからないのに同じ作業を延々とつづけるのは、正直言ってツラいものがあります。「いつもだったらこんなことないのにね。調査員が土岐さんだからかな?」みたいな冗談を言う人もいましたが、次第にそれが冗談に聞こえなくなっていきます。手ガリやスコップといった掘削道具を手にした大勢が、そのうち「チェストー!!」とか言って襲いかかってきたらどうしよう、そんな心配もするようになってきました。

 

そんな中

「 矢じりが 出た!」

I田さんが待望の遺物、それも立派な「矢じり」を見つけたのでした。遺物を見慣れているはずのベテラン作業員さんも集まってきて、良い意味での大騒ぎ。

そしてそれぞれが「次は自分が見つける」みたいなモードに入り、これまでとは違う意味で黙々と作業を再開しました。調査員の私としては、この雰囲気は是非とも持続させたい。このチャンスを最大限生かせないかを考えた結果…

私の頭に浮かんだモノ、それはなぜか「表彰状」でした。それがグッドアイデアなのかはともかく、とにかくやってみよう。

 

さっそくネットからテンプレートをダウンロードして、「矢じり」の表彰状を作ってみました。発見した作業員さんの氏名を打ち込むまでは問題なかったのですが、そのあとが大変だったのです。

意外と難しい

遺跡で発見された貴重な遺物を表彰するような文面の見本なんて、ネットを探したって見つかるわけがありません。最大限その功績を褒めつつ、それを限られたA4の文字数に収めるのは、実際にやってみたら大変な作業でした。しかも、1行あたり15文字くらいしか入りません。単語の途中で改行になってしまうと、すごく見た目が悪いことにも気づきました。そんなことにこだわった結果、「貴方」と「あなた」を使い分けるような、試行錯誤の連続となったのでした。

 

表彰状をお渡しすることは、なんだか「上から目線」な行為に思えます。発行する私がそれなりに偉くなければならないのでは、と思うのですが、万年平社員の私、「威厳」も「権威」も足りません。

 

思い悩む私に、同僚がベリーナイスなものを作ってくれました。

「ハンコ」です。消しゴムに私の名前を彫って洋酒のフタにくっつけた、思いもよらない優品でした。不思議なもので、これで格段に表彰状の風格が増したのでした。

表彰式

発掘調査での発見・成果というものは、適切な時期が来るまでは軽々しく扱うことはできません。ですので、監督官であるN先生に表彰状を出して良いか相談させてもらいました。これまでの暗い雰囲気については、先生も気にされておられたので、差し障りのない範囲でということでご快諾いただきました。

 

そして、終礼の時間を利用した表彰式。

こちらがビックリするくらいの大好評で、翌日からは表彰状を狙ってモチベーション・集中力ともに高く作業ができるようになったのでした。

 

皆さんが口々に言うのは、「表彰状なんて、オトナになってから貰ったことがない」ということ。そういえば私が最後に表彰されたのも、中学校一年生の部活の大会以来だということに気づかされました。

 

もう一つ好評だったのは発見した遺物の写真をつけたこと。これがあるのとないのでは記憶の定着が違いますし、盆や正月に親せきや友人に自慢できそうな感じです。

 

1枚目の表彰状以降、面白いように貴重な遺物が見つかり始めました(それはそれでどうなのかとも思いますが)。I田さんのほかにも表彰状を手にした年配女性のS山さんは、「私、死ぬときに棺桶にいっしょに入れてって頼んである」と言い、元ヤンチャそうな若者K目くんは、「今まで親に迷惑かけてばっかりだったけど、やっと社会の役に立つことができて、これで死んだ親にもやっと顔向けできる」と言います。

 

いや、何もそこまで喜んでくれなくても、と思いながらも、この企画は空前の大ヒットだったのだということを強く感じたのでした。

高知県にて

初めて赴いた高知県の某遺跡。開発行為の少ない地域だったせいもあって、雇用した作業員さんの9割以上が初心者でした。掘り方をイチから指導するのですが、元ヤンみたいな人もいて、最初はなかなか上手くいきませんでした。それでも貴重な遺構・遺物はよく見つかったので、表彰状を発行したところ、これがかなりのツボにハマりました。

 

でもそのうち、誰が何枚の表彰状をもらうかみたいな競争が激化、どこかの会社の営業成績みたいなグラフも貼り出されるように。こうなってくると、大雨で水没した穴からスッポンやドジョウが見つかっても表彰状…ということになっていきました。

1枚も貰えなかった方もいらしたので、現場終了時には全員に「修了証書」を発行しました。これも良い記念になったようです。

沖縄県にて

沖縄の小さな現場でも、表彰状の発行を許可していただきました。作業員は5名、短期で小規模な発掘でしたが、1人ずつ、着実に、表彰状をゲットしてくれました。最後になった方に対しては、残りの4人が「きっと良いモノが見つかるから頑張れ!!」と応援するようになり、妙な連帯感が生まれるから不思議なものです。

 

この現場の最終日の終礼で、私以外がみんなニヤニヤしていたので何だろうと思ったら、とても素敵なサプライズ。

我慢してたけど、心のなかでは嬉し泣きです。

 

今までは出してばっかりで、貰う側になったのは初めて。こんなに嬉しいものなのかと実感した次第です。

10年ぶりの鹿児島にて

休日に、貰った表彰状を「棺桶に入れる」と言っていたS山さん宅を訪問しました。

仏間にはたしかに、10年前の表彰状が額縁入りで飾られていました。80歳を超えたS山さんは、この時も「棺桶に入れる」を連呼していましたが、とても元気そうなので、その日はまだまだ先になりそうです。

 

立派に飾られた表彰状をみんなで見ながら、「そういえば、こんなの見つけたね~」「あの人は何枚貰った」「あの夏は暑かったね~」みたいな昔話も弾みます。

 

苦しかったけど楽しかった、あの現場。それを忘れずにいてくれたS山さんに、10年ぶりに表彰状をあげてきました。