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遺跡・史跡

久留倍官衙遺跡をめぐる諸問題とその展開Ⅱ「遺跡公園整備とくるべ古代歴史館」

堀越 光信 / Mitsunobu HORIKOSHI

四日市市教育委員会 社会教育課 学芸員
皇學館大学研究開発センター 共同研究員

久留倍官衙遺跡公園完成予定イメージ(2020年度) 提供 四日市市教育委員会

はじめに

三重県四日市市内には、約550箇所の埋蔵文化財包蔵地があり、国指定史跡1件・県指定史跡6件・市指定史跡10件を数える。これらの指定史跡は、古墳や中世城館、近世東海道関連等と様々であるが、古代の史実と関連のある史跡が3件存在する。中でも、久留倍官衙遺跡は、壬申の乱と聖武天皇東国(伊勢)行幸という2つの史実との関連が指摘されている遺跡で、官衙の全体像や変遷を知ることができる全国的にも貴重な遺跡として平成18年7月28日に国史跡に指定された。

 

本論では、グランドオープンを2020年度に控えた久留倍官衙遺跡公園の整備の歩みについてご紹介する。

遺跡公園整備に向けて

久留倍官衙遺跡は平成11年度から平成21年度まで発掘調査が継続され、遺跡の重要性が明らかとなった。このような貴重な文化財である久留倍官衙遺跡の保存に向けて、関係者の努力と理解により、平成16年度に一般国道1号北勢バイパスの構造変更が決定され、政庁域・正倉院を中心とした範囲が保存されることとなった。

 

その結果、遺跡は遺されたものの、道路が高架となったため東向きの郡衙政庁遺構の東に広がる伊勢湾の眺望は失われてしまった。

遺跡上空から東北方向の伊勢湾を望む 提供 四日市市教育委員会

四日市市では、平成19年3月に、久留倍官衙遺跡の歴史的文化遺産としての保存並びに活用を図るため、その整備の基本的方向性を定めた『久留倍官衙遺跡整備基本計画書』をまとめ、この基本計画書を基にして、久留倍官衙遺跡の整備を進めていくこととなった。

 

基本計画書では、『-壬申の乱・聖武天皇行幸のゆかりのある地として、訪れた人々が歴史を追体験し、古代の役所の姿や、往時のダイナミックな歴史の展開に思いを馳せることができる空間とする-』ことを整備目標に掲げている。

久留倍官衙遺跡整備検討委員会の発足

四日市市では、平成23年度に、考古学・文献史学・史跡整備・建築史・史跡活用に関わる専門委員と市民委員からなる「久留倍官衙遺跡整備検討委員会」を立ち上げ、上記基本計画に従って基本設計を策定した。そして、平成24年度からは国文学と地元代表の委員を加え、保存整備工事の実施設計やガイダンス施設の展示内容など、工事完了まで多岐にわたるご指導をいただいていくこととしている。

 

久留倍官衙遺跡は、正殿を中心にその左右に配置された脇殿と東方に開く八脚門(1)、それらを囲繞する塀からなる郡衙政庁を中心に、その背後に配置された大きな総柱建物の倉庫2棟と、丘陵裾部に配置された方位を同じくする建物群、また異なる方位を持ち地形に合わせて建てられた建物群からなるⅠ期(7世紀後半~8世紀前半)、長大な東西棟の建物を中心とする建物群よりなるⅡ期(8世紀中頃~8世紀後半)、複数の総柱建物の倉庫とそれを囲繞する区画溝からなる正倉院を中心とした建物群のⅢ期(8世紀後半~10世紀前半)に大別される(2)。

Ⅱ期大型掘立柱建物(半立体表示) 提供 四日市市教育委員会

Ⅰ期建物群からは、正殿は発掘調査でわかった正殿の遺構の真上に、同じ柱の数で、同じ面積の建物を建てることとし、東側には廂が付けられていたため、廂を表現し、古代風の建物とした。この場合、古代の建物を復元したわけではないため、現代の素材で、現代の工法で建設し、四阿(あずまや)として公園を訪れた方の休憩所としても利用できるものとした。

 

八脚門とそれに取り付く両側の塀の一部は復元とし、当時使われたとみられる工法で、使われたであろうスギ・ヒノキ・コウヤマキ(3)を材として現在復元工事中である(4)。但し、現代の建築基準法に則った基礎工事は施してある。

それ以外の塀と両脇殿は、半立体表示とし、来年度実施する予定である。そのほか、郡衙政庁の背面、西側に配置された2棟の大型総柱建物の倉庫は平面表示とし、一か所に実際の掘方の写真を焼き付けて原寸大で表示している(5)。これらによって、郡の政治や祭祀が行われた建物とその空間が感じられるように工夫した。

Ⅱ期の建物群からは東西棟の長大建物から、特に大きな2棟(SB437・SB439)を半立体表示として、その大きさを体感できるものとした。

Ⅲ期建物群からは、正倉群からなる正倉院の様相が分かりやすい時期の遺構を平面表示で表現する予定である。

 

遺跡公園は2019年度まで整備が続き、2020年度には全体をオープンする予定である。

くるべ古代歴史館と情報発信

くるべ古代歴史館(外観) 提供 四日市市教育委員会

この久留倍官衙遺跡公園の全体の整備は、本来平成29年5月オープンの予定で整備が進められていた。しかしながら、予算上の問題等もあり、公園全体の整備が遅れることとなったため、ガイダンス施設である「くるべ古代歴史館」を先行オープンすることとなった。平成26年度に建屋自体を建設、27・28年度に常設展示の造作を行い、29年度の末、30年3月にオープンすることができた。

 

なお、くるべ古代歴史館のオープンに先立って、市のサイトからは独立したホームページを立ち上げることとなり、遺跡や公園の整備状況やくるべ古代歴史館や久留倍官衙遺跡そのものについて情報を発信していくことになった。

 

久留倍官衙遺跡公園HP>>>>

http://www.city.yokkaichi.mie.jp/kyouiku/kurube/index.html

遺跡理解の難解さ

ホームページ開設に当たって、まず頭を痛めたのは、この遺跡のいろいろな意味での難解さである。久留倍官衙遺跡という文字一つを取ってみても、初めて見る人は何と書いてあるかさえ分からないであろう。たとえ読めたとしても「くるべ」とタイプしても、「久留倍」と変換してくれるPCやスマホは存在しない。

 

果たして、この遺跡のホームページを誰が見てくれるのだろうか、ということであった。そこで、まずこの遺跡のホームページを検索するとき、せめて読みだけでも分かっていれば「くるべかんがいせき」あるいは「くるべ」と平仮名で検索して、検索結果が上位にならないものかと工夫した。また、その内容についても、見る人の理解度に応じて利用できるように、バラエティーに富んだ内容とした。

 

また、トップページには目を引くように、ドローン映像を配置したが、画像が重く立ち上げてすぐには動作せずタイムラグが生じてしまうため、その直下に「久留倍官衙遺跡って何?」から始まる、この遺跡を説明する文字列をスライドショーで見せるようにした。この仕掛けについては、周囲の感想を聞いてみたが、これを読むようになってドローン画面も戻ってみるようになったという。

久留倍官衙遺跡公園ホームページ

くるべ古代歴史館(内部) 提供 四日市市教育委員会

ホームページの内容を紹介しよう。

まず、従来の見慣れた縦長の構図から、画面を横いっぱいに使った画角とした。ノートPCでぴったり横いっぱいとなる画角である。

また、上記のドローン画面とスライドショーの下に直近の企画展や講演会等のイベント案内を載せ、その下のトップ画面中段に配置したメニューバーには、「くるべ古代歴史館」「整備NEWS」「学習資料」「イベント情報」「お問い合せ」「アクセス」の6つのメニューを表示した。

 

 

「くるべ古代歴史館」では、施設案内・企画展・歴史体験イベントについて紹介している。歴史体験イベントでは現在、「古代衣装体験」「木簡体験」等のワークショップにについて紹介している。

 

「整備NEWS」では、「史跡の整備状況」「公園の整備状況」を順次紹介している。「各種資料」では、過去に発行した「整備ニュース」や「整備基本計画書」などのPDFの閲覧とともにダウンロードを可能とした。

 

「学習資料」では、久留倍官衙遺跡やまちの歴史に関する各種の論文や参考文献が閲覧できるとともにダウンロードできるようにしている。更に小・中学校教員向けの学習資料や、配布用のワークシートもダウンロードできるようにしており、専門家に限らず、古代史ファンや小・中学生にも気軽に資料に触れることができ、更に学びを深めることができるようにした。

また、23年度から毎年開催される整備検討委員会の議事録も順次公開しており、議事内容をオープンにしている。

 

「アクセス」では、この施設への車でのアクセス表示に工夫をこらした。この施設は国道1号線バイパスの下りの側道からしか入れない立地になっているためアクセスの説明が大変難しい。そのため、広範囲の地図で全体の位置を示した上で、国道1号北勢バイパスの上り線と下り線からのそれぞれのアクセス方法を地図に示し、更に、各方面からのアクセス方法を動画で表示することとした。

近鉄富田駅方面から(久留倍官衙遺跡公園ホームページより)

この動画撮影は、一人が運転して、もう一人が助手席でスタビライザ機能(6)付きのカメラで撮影するという手法をとった。ある雑誌記者から、「あの動画を見てから行ったので迷わず辿りつけた」との言葉を戴き工夫が役に立ったと感じた。

 

以上のように、久留倍官衙遺跡公園ホームページの特徴は、専門家から一般の方にも様々な目的で利用できる内容としたことである。特に、現在知られる久留倍官衙遺跡に関連する論文を網羅し、また『日本書紀』『万葉集』『続日本紀』の関係部分の現代語訳なども載せており、実際の壬申の乱の記事や聖武天皇の東国行幸の内容を知ることができるようにしている。制作者としては、このホームページをご覧いただいて、多くの方々のご利用を期待しているところである。

 

来年度中には、久留倍官衙遺跡公園の整備が完成し、その翌年度の早いうちに晴れてグランドオープンを迎えることとなる予定であるが、より多くの方々に遺跡公園にお越しいただき、久留倍官衙遺跡について楽しみながら、理解を深めていただきたいと祈っている。

 

【久留倍官衙遺跡公園(くるべかんがいせきこうえん)】

所在地 四日市市大矢知町2267-8番地外23筆

面 積 21,450.51㎡

種 別 古代官衙遺跡(国史跡)

指 定 2006(平成18)年7月28日

管理者 四日市市

URL http://www.city.yokkaichi.mie.jp/kyouiku/kurube/index.html

 

【くるべ古代歴史館】

所在地 四日市市大矢知町2323-1

電 話 059-365-2277(くるべ古代歴史館)

Email  kurube@city.yokkaichi.mie.jp

休館日 月・火曜日(休日の場合は翌日)・年末年始

(臨時休館する場合があります ホームページにカレンダー有り)

開館時間 9時~17時

入館料 無料

連絡先 059-354-8240(四日市市教育委員会社会教育課)

Email  syakaikyouiku@city.yokkaichi.mie.jp

(1)四本の親柱の前後に四本ずつ、計八本の控柱を建てた門(やつあしもん)。 (2)詳しくは、前号「久留倍官衙遺跡をめぐる諸問題とその展開 ~遺跡の諸相とその可能性―1、遺跡の概要と遺構の年代について」を参照されたい。 (3)コウヤマキについては、実際に発掘調査で材が出土している。 (4)期日を決めて、工事の進捗にともなって現場を公開しており、ホームページにもその様子を公開している。 (5)これによって、柱を立てるために掘られた穴と実際の柱穴、またその柱を抜くために掘られた穴との関係が分かるように表現している。 (6)ジャイロを用いてほとんど手ブレのない映像を撮影するシステム。

公開日:2019年3月4日

堀越 光信ほりこし みつのぶ四日市市教育委員会 社会教育課 学芸員
皇學館大学研究開発センター 共同研究員

1955年東京都生まれ。皇學館大学文学研究科博士後期課程単位修得、四日市市立博物館学芸員を経て、現織。
【主要文献】
『日本の神々』(共著、新潮社、2001年)、『中世の寺社と信仰』(共著、吉川弘文館、2001年)、『国史大系書目解題』「扶桑略記」(共著、吉川弘文館、2001年)、『神像の美』(共著、『別冊太陽』、平凡社、2004年)、『日本の神々』(共著、東京美術、2005年)など